駄文17

インターネットアンヘルシーメンタル病患者

上北沢

増田に書いた話です。


京王線に上北沢という駅がある。

新宿から15分程度の、各駅停車しか止まらない小さな小さな駅だ。

住所は一応世田谷区に属しているものの、お世辞にも華やかとは言えず、駅前唯一の商店街はもう何年も前からシャッターが閉まったままの店が建ち並ぶ、ひどく寂れた駅だ。

駅前の桜が有名ではあるものの、駅から伸びる道路沿いに木が映えているだけなので、花見をする場所としても不向きだ。

他に特筆すべきものがあるとしたら、自動車の教習所があるとか、色々と逸話のある巨大な精神病院があるぐらいで、日常生活で楽しめるような施設は本当に少ない。

僕がそんな上北沢に住んで、もう18年になる。


上北沢について聞かれた際に、僕はいつも自虐を込めて「下北沢と間違えられる為に存在している駅だよ」と応えている。

事実、金の無いバンドマンだった僕は電車代すらも惜しんで当時仲の良かった女たちに上北沢まで来てもらうことも多かったのだけれど、初めて会いに来る女が「駅に着いたけれど何処に行けばいい?」と電話を掛けてきた際に、その後ろに喧騒が聞こえた時点で察してしまえる程には間違えられていた。

この下北沢というのが曲者で、どちらかと言えば下北沢にとって上北沢が曲者というのが正しい表現かもしれないが、二つの駅は隣り合う駅などではなく、上北沢は京王線、下北沢は京王井の頭線と、乗り換えも必要な結構離れた駅なのである。

この二つの駅が離れているのは、どうやらこの辺りには地下を通る北沢川という川があり、その上流と下流に位置しているかららしく、その北沢川をずっと辿っていくと目黒川まで通じているらしいのだ。

こんな豆知識も、住みたい街ランキング上位に名を連ね、音楽の街だの古着の街だの様々な二つ名を持つ下北沢に相対するのが全く無名の上北沢では、話したところで「そもそもそんな駅あるんだ~」で終わってしまうのである。


散々なことを書いてきたが、僕はこの上北沢という場所が嫌いではなかった。

駅同士の間隔が狭い京王線の新宿寄りの区間において、上北沢は急行まで止まる桜上水と快速まで止まる八幡山に挟まれて、乗り降りする人は朝のラッシュ時ですら疎らだ。

意味も無く学校をサボりがちだった高校生の頃、二度寝した後の昼過ぎの上北沢駅のホームは端から端まで人の姿が無く、蝉の声や風で揺れる木々の音がいつもより大きく聞こえた。

終電を過ぎた時間になれば、コンビニの明かりだけが照らす休日のオフィス街よりも静かな駅前で、集まった音楽仲間と無駄に大きい銀行の駐車場に座ってカップラーメンを啜りながら叶いもしない夢について語り合った。


何も無い、人もいない上北沢にも、唯一自慢出来るお店が在って、いつの間にか出来た駅前のベーグル屋だけはそれなりに有名で、インターネットの情報によると国内でも随一の実力派の店舗らしく、確かに美味しかった。

バンドマンという肩書きに騙されてクズ男の実家にこそこそと泊まりに来る女を連れては、朝食代わりにベーグルを一つか二つ買って、上北沢駅は素通りして隣の桜上水まで歩きながら食べるのがたまの楽しみだった。

そんな記憶ももう何年も前の話である。

社会人として働き始めてからは日々が過ぎ去っていくのはあっという間で、僕がくたびれたおっさんになっていく一方で、件のベーグル屋は同じ上北沢の中で移転して大きく綺麗になっていた。

移転先には元々和菓子屋があったはずで、カフェオレ大福という何だか不思議なお菓子が名物で一度食べた記憶はあるもののそれが美味しかったのか美味しくなかったのかは定かでは無いが、代わり映えしない上北沢の駅前にもそんな些細な変化があった。


そして、上北沢と同じように大した変化は訪れないと思っていた僕の人生にも意外や転機は訪れるもので、結婚という人並みに幸せそうなイベントや、就職した際には一生この仕事を続けるなんて思っていた癖にすんなりと決まってしまった転職で、僕はこの上北沢を、東京を、関東からも離れることになったのだ。

離れることが決まると、大した思い入れもなかったはずの上北沢という街が、急にいとおしくなってくるのが不思議だ。


大学時代に長期休みが来ると故郷に帰る友人を羨ましく思っていたが、この山も海も無い、何も無い街が、僕にとっての故郷なのかもしれない。